三代宏大
- MISHIRO Kodai
三代宏大 MISHIRO Kodai
1989 大分県生まれ
2020 武蔵野美術大学美術専攻油絵コース修了
個展
2016.9 「暗黙の了解」 武蔵野美術大学課外センター2017.1 「暗黙の了解」 GALLERY b.TOKYO
2019.7 「暗黙」 武蔵野美術大学課外センター
2020.7 「情景」 GALLERY b.TOKYO
2021.4 「コ(ミニュ)ケーション」 GALLERY b.TOKYO 2021.9 「Re: コ(ミニュ)ケーション」 GALLERY b.TOKYO
受賞/入選
2019.5 世界堂大賞 入選
2019.11 シェル美術賞 2019 藪前知子審査員賞
2020.1 武蔵野美術大学修了制作展 優秀賞
2021.2 FACE2021 入選
2021.2 日本の美術 入選
2021.3 第56回 昭和会展 入選
2021.8 第23回雪梁舎フィレンツェ賞展 佳作
2022.2 CHARM CARE CORPORATION アートギャラリーホーム 入選2022.3 第57回 昭和会展 パリ賞
僕は大分から東京へ 18 歳の時に上京してきました。田舎者の僕にとって東京とのギャップは凄まじく、早く慣れて普通にならなければと思っていました。大学受験をするために半年働いてお金を貯め、半年受験勉強をしましたが、結局落ち続け多浪の末、武蔵野美術大学へ合格しました。その間、他の高校時代の同級生は大学生活を謳歌していたわけですが、僕は社会人として浪人しながら働いていたため、社会人マナーがいち早く身についたと自負していました。それが浪人をしながらでも唯一保てる自信であり、社会の歯車に参加できている普通の獲得だったのです。学生になり、年が離れた同級生に社会人として、「普通は」をなまじ押し付けに近い親切心で伝えていました。しかし、自分が大学に合格してからの高校の同級生は働き始め結婚し子供が生まれ家を持ち、やがてマイホームを持ち始めました。ある時、故郷の大分へ帰省すると、僕は同世代とは全く違う生き方をしており、同級生からは普通ではないレッテルを貼られました。この時、僕は社会の歯車の一員の身分として獲得していた「普通」に見事ブーメランのように帰ってきて蝕まれることになったのです。
そんな僕にとって絵を描く行為が自分を生かし保つことへつながっていったわけですが、それが社会と相反して乖離してきた時に違和感とともに今の制作につながってきたのだと思います。つまり、「普通」という社会の規範のようなものは共有することで僕たちの生活を生きやすくすることもありますが、一方でそれぞれが獲得した「普通」は衝突しぶつかると途端に真綿のようにじわじわと僕たちの首を締めていくことにもつながるのです。
ウーマンラッシュアワーという芸人が、年末の THE MANZAI のネタでこんなことを言っていました。「台風でホームレスが体育館へ避難する際に、みんなが危ないからホームレスは体育館へ避難することができないと言います。ホームレスはみんなに含まれていないのです。こうしたみんなに含まれない透明人間が日本にはたくさんいます」
僕たちが知らず知らずのうちに獲得したカテゴライズや仲間意識、立場や生き方の違いがわかりやすく表に出てきた例ですが、正直に言えば全ての人間を意識して対等に尊重して生きることはかなりの聖人でない限りは一人の人間が持てるキャパシティをはるかに凌駕していると思いますし、全てが正しく生きられないこともまた人間のような気もしています。ただ、こうした自分の目には映らない透明人間が僕たち一人一人にいることは確かだということは身に覚えておいていいことだろうとこのネタを見て思ったのです。
さて、何かを判断する際には多くの場合自分の経験値や情報をもとにするわけですが、長所は短所というように物事は受け取り方次第で大きく性格を変えていきます。判断するということは自分の人生や今までの生き方が多分に関わっていることだと思います。もしそこに容易に判断できない要素があるとするならば、それはこれからの未来のために必要な未整理のノイズであり、それこそが、目に見えない透明な人間が潜んでいる手がかりなのかもしれません。
僕の絵の人物は鏡のように鑑賞者の判断を伝えます。それは目に見えない自分の奥底を構築している「普通」や「透明人間」のようなものと向き合うことにもつながります。僕の絵は鑑賞者自身であり、その判断結果こそが今の時代を生きる僕たちの価値観なのだと思います。

